カワサキ

異色のバイクメーカー

国産のバイクメーカーとしては最後発ながら、その個性的なバイク作りから国内はもとより、海外でも熱狂的なファンがいるカワサキ。
その大元の川崎重工業はバイクメーカーとしての歴史も古いですが、会社自体の歴史をさかのぼっていくと明治時代にまでたどり着き、130年以上もの歴史を誇っています。

他のバイクメーカーがその殆どをバイク製造からスタートしたのに対して、カワサキの歴史の始まりは造船会社でした。
1878年(明治11年)、「川崎築地造船所」が、東京築地に開設されたのが、川崎重工業の起源です。

その後は神戸に移転し、造船業のみならず、鉄道・航空機・建設機械・ガスタービン・製鉄・産業用ロボット等々の製造を手掛け、総合重工業メーカーとして発展していきました。
かつては製鉄部門もあった為、鉄鉱石からバイクを作る、唯一のバイクメーカーでした。

この総合重工業メーカーの性格は、製品としてのバイクにも色濃く表れていて、俗に「男のバイク Kawasaki」や「パフォーマンスのKawasaki」と呼ばれ、特に400cc以上の大型バイクの製品カラーとして出ています。

バイクメーカーとしての歴史

カワサキのバイクメーカーとしての歴史は、川崎航空機が2サイクルエンジンを製造し、その供給先として1958年に川崎明発工業(メイハツ)が出来た事から始まります。
その後は、戦前から大型バイクを製造していた目黒製作所を1964年に吸収し、カワサキW1(650㏄)を製造する事で、本格的バイクメーカーとしてのスタートを切りました。

カワサキブランドの第1号として発売されたW1は、当時の日本では最大排気量だった為に大ヒットをし、様々な派生モデルが生まれ、白バイにも採用されました。
その後は1969年に2ストローク500㏄バイクのH1を発売し、マッハの愛称で人気を博します。

1972年に「国産初のDOHCエンジン」4ストローク900㏄のZ1を発売すると、「高性能・高耐久性」を売りに、大型バイクメーカーの地位を確立して行きます。
このZ1は、発売された当時のバイクの中では断トツの性能だった為に、市販車としてのヒットは勿論の事、レース用としても多く使用されました。

1984年にGPz900Rを発売すると、「Ninja」のペットネームと共に大ヒットし、以後のカワサキのスポーツバイクには、Ninjaの愛称が使われる様になります。
このNinjaの愛称は、当初は750㏄以上のバイクのみでの使用でしたが、現在では250㏄の中型バイクにも使用され、カワサキのスポーツバイクのブランドとなっていますね。

最高速へのこだわり

元々は大型バイクメーカーとしてスタートし、その後は小排気量バイクも開発・製造してきたカワサキですが、他のメーカーとの大きな違いは、「最高速」への異常な迄のこだわりでしょう。
純然たるカワサキ独自の技術で作られたH1以降、常に「世界最速の市販車」を目標に開発を進めていて、それは現在でも全く変わっていません。

Z1では時速200km以上を常時出せる性能を、GPz900Rでは時速250kmを目指して開発しました。
ZZ-R1100では時速300kmを超える事が目標で、実測では280km以上を記録し、ホンダのCBR1100XXに破られるまでは世界最高速バイクでした。

その後はスズキのハヤブサとの一騎打ちになり、ヨーロッパでは300km規制が始まる要因ともなり、以来、オーバー300km勝負は行われなくなったのです。
これで市販バイクでの最高速勝負は終りと思われたのですが、それで諦めないのがカワサキでした。

2015年に発売されたNinja H2Rは、998㏄のエンジンにスーパーチャージャーを取り付け、320ps以上を発揮し、最高速度は時速350km以上のモンスターマシンでした。
このH2Rはサーキット専用のバイクの為、公道走行は不可ですが、飽くなき最高速への追求への結果、生まれたマシンですね。